青山テルマの歌でおなじみのドコモのCM。
新生活をむかえる若者(高校、大学、社会人)に向けて、「俺達は永久につながっている。」みたいなメッセージが、妙に偽善的。
人間関係がキレイすぎて、「現代社会、そんなにキレイごとだけで生きていけないんだぞ!!」とツッコミたくなります。
まあ、それはいいです。
このCMシリーズの「社会人のはじまり篇」
にはどうしても許せない箇所があります。
新社会人になる息子と、父親との男の絆を描いているCM。
初めて出勤で緊張する朝、父親から一通のメールが届く。
「恋をしろ! 父親 」
だって。
この「恋」って言葉がどうもひっかかります。
「愛」という言葉と対比させると、恋の意味がよく分かります。
恋とは、「ある異性にあこがれ、慕う気持ち。恋愛。恋慕。」(旺文社国語辞典第8版)
愛とは、「①かわいがり、いつくしむ心。 ②異性を恋い慕う心。恋愛。 ③ある事に価値を認め、それに打ち込む心。 ④大切に思う気持ち」
とあります。
恋にも愛にも、異性を慕う気持ちがあります。
でも、愛にはそれとは別のものもあります。子供だったり、近所の人だったり、様々な人のことを思いやる気持ちです。
「恋」という言葉には、男女2人だけのどことなく狭い世界しか存在しないような印象を受けます。
ジンメルの『日々の断想・愛の断想』という本に「ふたりの孤独」というものがあります。
夫婦や恋人には、
①恋人や夫婦お互いの気持ちが離れている場合、ひとりで感じる孤独よりもさらに孤独を感じてしまう。
②ふたりの気持ちが強ければ強いほど、お互いの世界だけが重要になり、周囲の人々との人間関係から孤立してしまう。
2つの孤独があるという話です。
この②の孤独は、「恋」という言葉に隠されている意味をうまく指摘していると思います。
↑はあくまで私の考えですが、
恋をする人間でも、人を愛せない人間にはなりたくありません。
あの場合、「人を愛しなさい。父親」と書くべきだったのでは。
(このドコモCMを作った人は、とりあえず、五木寛之の『愛について-人間に関する12章』(角川文庫)を読んだらいかがかしら?)
最後に、くだらないことを1つ。
青山テルマって、なんか商業ビルの名前みたいじゃない??
「日比谷シャンテ」みたいな。
南青山辺りに昔からある大型ファッションビルとみた。
くだんね~、ああくだらない。
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